億万長者を意味する「億り人(おくりびと)」まで生み出した仮想通貨

仮想通貨引退を毎日考えています」

トキは仮想通貨投資家が最も多い30代。利用者350万人(現物取引)のうち3割超を占める96万人の1人だ(日本仮想通貨交換業協会調べ)。96万人という人数は"ミセスワタナベ"と呼ばれ、外国為替を動かすまでになったFX(外為証拠金)取引の愛好家を超えた。預金金利がほとんどつかない超低金利時代。個人マネーは少しでも利回り、価格上昇の見込める先を探し始めた面もある。コインチェックを買収したマネックスグループ社長、松本大は「かなり存在感のあるアセット。投機マネーがそこに流れたおかげで、資本市場はひょっとすると変に過熱せずに済んだ効果があったかもしれない」

仮想通貨取引所大手のコインチェック(東京・渋谷)は26日夜、外部からの不正なアクセスにより顧客から預かっていた仮想通貨「NEM(ネム)」が約580億円分流出したと発表した。仮想通貨はビットコインの知名度が高いが、そもそもNEMとは何なのか、コインチェックはなぜNEMを取り扱っていたのかなどを探ってみた。

一方、予想を超える損失を生むリスクがあるのも仮想通貨だ。「和田(晃一良)社長自ら記者会見したので、本当にとられたんだと思いました。一睡もできない状態になりました」。ウイスキーをロックで4杯、日本酒も5合飲んだ。翌朝、予定通り、吉本興業所属の大先輩ハイヒールリンゴが司会する番組に出演した。「生放送の間、リンゴ姉さんがずっとコインに見える謎の現象が発生して……。それくらい追い詰められていたんですね」

「もう本当にカネがない。仮想通貨引退を毎日考えています」

億万長者を意味する「億り人(おくりびと)」まで生み出した仮想通貨。ちょうど1年前の2018年1月26日、過去最大となる約580億円相当の「NEM(ネム)」がハッキングで盗まれた。普段、スマートフォン(スマホ)で資金を動かす利用者が慌てて運営会社本社に殺到する姿は、まさに仮想通貨バブルの崩壊が始まったことを象徴していた。なぜ、一獲千金の夢にのみ込まれたのか。人々は今、何をしているのだろうか。NEMに個人資産を全額投じていたお笑い芸人の藤崎マーケット、便乗アイドル仮想通貨少女の今を追った。

トキの周囲は仮想通貨投資ブームだった。芸人仲間だけではない。営業先に向かうバスの中、遠くに座っていた衣装さんのスマホがちらっと見えた。黄緑色のコインチェックの取引画面だった。「あ、この人らもしてんねやあ、って。仕事が手につかず、欲の化け物になってました」

「仮想通貨少女」は、仮想通貨を擬人化したアイドル少女。それぞれビットコインやモナ、リップルといった仮想通貨名を割り振られた。結成のわずか1週間前のことだった。

事件から1年。今では仮想通貨少女の仕事は「ほとんどない」。現在は仮想通貨少女と掛け持ちで参加するグループ「星座百景」が中心だ。仮想通貨少女は世間を騒がせ、多くの投資家を翻弄したコインチェックと同じくしぼんでいったが、上川は「私を変えてくれた、意味のある事件だった」と打ち明ける。

日本円という貨幣で作られた世界は手数料もかかるし、預金金利も付かない、ある面では非効率ともいえるシステム。今の若者に映る現代の金融システム像だ。それを正面から否定しにかかったのが仮想通貨だった。「決済」という機能に未来を感じたからこそ、仮想通貨に価値が生まれ、投機マネーまで呼び込んでしまった。

「だっておもしろくないですか(笑)。世界巻き込めるなって。あんま日本考えて無くて、世界にアプローチできるなって。タイミングをずっと伺っていた」。見た目30代半ば、男性プロデューサー、3104(サトシ、年齢非公開)は18年1月に結成したアイドルグループ「仮想通貨少女」の仕掛け人だ。

声をかけられた1人が上川湖遥(こはる)(18)。「仮想通貨という名前も知らない状態だったので、何が何だかわかりませんでした。マスクを付けてメイド服を渡されて戦隊ヒーローみたいに何かと戦うのかなぁって」

Q NEMとはどんな仮想通貨なのか。

トキは株も投資信託もFXも手を出したことはない。真性の投資素人だ。「仮想通貨は実際に使えるの、魅力じゃないですか。ビックカメラとか」。特定のお店に限ってだが、モノやサービスを買えるため、「決済もできる投資」と考えれば、株や投資信託よりも手を出しやすかった。心理的なハードルが低かったのだ。

2017年、話題を集めた仮想通貨だが、現在その話題性は一気に失われたと言わざるをえないだろう。

世界進出構想の出足はよかった。流出事故の2週間前、1月12日のお披露目ライブに米CNNや英BBCなど海外メディアが押し寄せたからだ。3104も「今回もコインチェック事件がなかったら、どうなっていたかわからなかった」と振り返るほど、当時の仮想通貨は世界とつながっていた。そんな矢先に流出事故が起きた。上川は流出した仮想通貨ネムの担当だった。がぜん、メディアの注目も高まる。所属事務所に1日100件以上取材依頼が押し寄せた。

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